Teatro Agnela Peraltaの歴史/船沈没/yellow fever/野口英世


ここの劇場はとても気に入っている。
味がある。席もなんだか可愛らしい。800席。
1874年2月15日にオープンした。
マニエル・ルビオという商人がこの街の商業の発展にもっと象徴的な劇場を作るのが大切だということで市に訴えかけそれが実現した。オーナーはルビオだったらしく、彼はサンフランシスコまで劇場に必要な飾りなんかを買い付けに行った。そのサンフランシスコ行きの船が沈没して亡くなってしまったんだそうです。。その後、彼の奥さんが引き継いだけれども、結局手放してしまって。
1882年に Agnela Peraltaという有名な女性オペラ歌手を招聘した。でもマサトランについて数日後に彼女と周りのスタッフが黄熱病で亡くなったそうで。。それで彼女の名前をとってこの劇場の名前になったそうです。

その後も紆余曲折があり、何度もオーナーが変わり、10年くらいほったらかしのときもあったようです。

(黄熱病は野口英世もそのワクチンの研究中にかかって亡くなってますね。エクアドルではヒーローのようで、日本人が行くと歓迎されるんだそうです。野口英世がエクアドルに行ったのは1918年。来年で100年。彼はエクアドルに到着の9日後に病原体を発見し、ワクチンを生成します。これによってエクアドルや南米諸国の黄熱病が収束したとされています。銅像があったそうなんですが、割と最近盗まれたんだそうです。。。)

他の写真はこちらにアップしてあります。
http://blog.livedoor.jp/acnose/archives/2017-06-26.html

20170619TeatroAgnelaPeralta

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