メキシコ旅行記 4~5


野瀬栄進のブログで書いたものです。

http://blog.livedoor.jp/acnose/

メキシコ旅行その4

とにかくメキシコ人はとても人懐っこくて
それに日本人がどうやら好きみたいです。
アメリカンエアーで働いている人は、
正直、NY-東京の便は信じられない対応の時が多々あるのですが、
マサトランの空港で会ったアメリカンエアーの
スタッフの方々はやけにフレンドリーで、
カウンターでも色々話しかけられ盛り上がりました。
あなたはハポネス(日本人)だね。
『日本のバイクを2つも持っているんだ。ホンダとスズキだよ、
凄くいいんだよ。ああ、
待たせてて本当にごめんね、ロシエント(ごめんね)、ロシエント』
と、とっても感じが良い。
そのカウンターで話した同じ人とゲートをくぐってからも会って、
『おお、僕は君の事知っているよ~』っと、
『おお、僕も知っている、スズキとホンダですよね~』
って言うと
『そうそう、僕らはハポネス(日本人)がとても好きなんだよ』って。
本当にそうなんだなって素直に思えます。

財布をすられても、そう思うし、
キューバで子供達からチノチノ!
(チノというのは本来、中国人に向かっていう差別用語ですが、
彼らにしてみたら日本人も中国人も区別がつかない?
日本人だとジャプみたいな感じ)
って通りがかりのバスの中から大勢で言われたりしましたが、
差別している感じではなく逆にお~い日本人の人~元気ー?
みたいな感じで好感が持てました。
アメリカにいて、チノチノと言われた時は、
うん、ちょっと差別してるな、と感じました。

つづく

メキシコ旅行その5

ところで
2009年はメキシコと日本の交流が
400年という記念すべき年だったそうで、
2013年でもその400年祭が続いているようです。

400年以上も前にメキシコから
フィリピンに行く途中の船
(当時はメキシコもフィリピンもスペイン領)
が行き来していたらしく日本の海域付近も通っていて、
その船が1609年に千葉の御宿沖あたりの海域で遭難したそうです。
それを徳川家康が助けて、
彼らの為に船を作ってあげて渡して、
国に返した、という歴史があるそうです。
実際助けたのは千葉の地域の人で、
海女さんが、遭難した人達を
体温であっためたってエロい、
じゃなかったイイ話もあるそうで、
色々想像をかき立てられます!?
いやそうじゃなくてそんな経緯があって
その歴史を知っているメキシコの方々は日本に感謝しているようです。
それから3年後に何らかの交流を日本とメキシコの間で結んで
それ以来交流が続いているそうです。
2010年くらいから400祭みたいのを各地で行っているようです。
2009年には天皇陛下が桜を1000本送った記念式典があったそうです。
その時に皇太子がメキシコに送った文章を見つけたのですが
、ん~素晴らしい。

日本ではメキシコの事があまり取り扱われない感じがします。
例えば、メキシコのアーティストが
日本に来たってあまり取り上げられないのでは。
ウィーンから来ました、ニューヨークから来ました、
パリから、、とかいうと、お、って思ってしまうんじゃないでしょうか。

これだけ親日の国なんだから、
僕ら日本人もメキシコに対してもっと興味を持って
交流を深める事が出来ればと思うのでした。

ああ、またすぐにメヒコに、ラテンアメリカに行きたい!
ドミニカやエクアドル、ブラジルなんかも行ってみたいです。

それではまた

アディオス!!

メキシコ旅行『完』

以下、皇太子が送った文章をプックアップしてみました。

2009年11 月3日、大統領官邸(ロス・ピノス)において、日墨交流400周年記念事業である桜の苗木の記念植樹式典がサバラ大統領夫人がカルデロン大統領の名代とし て臨席を得て実施されました。本式典においては、皇太子殿下より次の通りのお言葉を頂き、小野大使がスペイン語で代読しました。
1609年9月、フィリピン諸島総督ロドリゴ・デ・ビベロを長とする一団の船は、ヌエバ・エスパーニャ(当時のスペイン領メキシコ)への帰国途中、千葉県 御宿沖で遭難し、村人の献身的な救助により、乗組員317人が救出されました。ビベロ一行は地元城主や村人からの暖かい歓迎を受け、その後、徳川秀忠及び 徳川家康に謁見しました。翌年、徳川家康がビベロ帰国のため造らせた船はメキシコに向けて出航。ビベロと共に渡航した京の商人田中勝介他20数名の日本人 は、メキシコを訪問した最初の日本人となりました。
 我が国の時の為政者とメキシコからの政府高官が対面し、初めての会談が行われた意義は大きく、2009年はそれから400年目にあたります。

  「日本メキシコ交流400周年を記念し、メキシコ側の名誉総裁であられるカルデロン大統領閣下のご臨席の下で、桜の苗木の記念植樹が実施されますことを心よりお祝い申し上げます。
 今から400年前、フィリピンからメキシコに戻る途中に御宿沖で遭難した総督の一行を献身的に救助した人々が日本にいました。9月26日、その御 宿で日 本メキシコ交流400周年記念式典が盛大に行われ、私も名誉総裁として出席致しました。19世紀半ばには、太平洋を漂流していた日本の商船がメキシコの 人々に救出されたという逸話も残っています。このように日本とメキシコの交流は、両国国民の善意により始まりました。また、メキシコのチアパス州に始まっ た 日本人の移住は、これまでに約1万5千人に達し、メキシコ国民に温かく迎え入れられてきました。私自身、3度のメキシコ訪問を通じて、メキシコ各地で国民 のみなさんに大変温かく迎えていただき、メキシコ国民のみなさんの日本に対する友好親善の思いを強く実感し、大変心強く感じました。
 桜は日本を代表する木の一つです。桜は我が国国民に春の訪れを伝える木として深く愛されています。日本では、桜の花の下で家族や友人と集い、その美 しさを通じて新たな季節の始まりを感じております。その桜の苗木1000本が、両国の親善を願う善意の象徴としてメキシコに寄贈される運びとなったことは 大変喜ばしいことと考えます。日本メキシコ交流400周年の機会に贈られる桜は多くのメキシコ国民の方々から末永く愛されていくことと確信しております。
 本日
、環境問題に関心を有しておられるカルデロン大統領閣下他両国の関係者で植樹されたこの桜が、日本メキシコ両国の友好関係のシンボルとして、今後100年、そして更なる400年と健やかに育っていくこと期待しつつ、私の言葉と致します。」

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