カラスはしゃべる。そして、ヤスケンのひとり語りを観る。


お芝居のパンフレットには、現在のお父さんが。

air-g’パーソナリティーでしゃべるように書道するカラスです。

昨日、安田顕さんのひとり語りのお芝居『港町13番勝負』と言うおもに顕ちゃんがお父さん弘史さんをお芝居しながら語ると言うパフォーマンスを観て来ました。

雑誌、papyrus(パピルス)に連載されたエッセイ『北海道室蘭市本町一丁目四十六番地』をもとに、“言葉を伝える”をキーワードにお父さんのこと、室蘭のことなどを語ると聴いていたので、これは、必見!と、この日を楽しみにしていました。

思い起せば、安田家とは妙な繋がりがちょっとだけある。?私。

あれは、顕ちゃんと洋ちゃんが、air-g’で「ゴルゴ」と言う番組を始めた頃。

二人はまだまだ、無名の時代で、それはそれは、毎週、よくもこんなに同じジャージの上下で現れるなあ。と思うほどのダサダサな青年で、知る人は知るくらいの存在だった頃です。洋ちゃんは、まだ、大学生だったと思う。確か、母校に教育実習?に行ってたもの....。それくらい古い話です。

彼らの番組は私が担当していた「アルバムカウントダウン」と生放送続きで、同じスタジオを使っていたので、打ち合わせも同じテーブルを使っていて、ついつい、自分の番組はそっちのけになってしまうほど、彼らとワイワイ楽しんでいた日々でした。

その年の秋のスペシャル番組の事です。

全道をパーソナリティーがレポートして回る「秋を食べるair-g’」で、私が室蘭のヨットハーバーからレポートしていた時、遠くから何かを振り回し、大きな声で「からすさ〜〜ん」と近づいて来る男性が!!その横には奥様らしきご婦人が寄り添っています。

「誰!?過激なリスナーさん?」と多少、引き気味になりそうになった時、『安田顕が本当にいつもお世話になっていま〜す!!」と,,,,。『顕ちゃんのお父さんですね!」すぐに分かりました。顔がそっくりだったから。

そして、お母さんは美しい方で、思わず私は「お母さん、キレイ!だから、顕ちゃん、いい男なんですね」って言うとすぐにお母さんは「いいえ。今の顕ちゃんは、若いときのお父さんとそっくりなんですよ〜。お父さんもいい男だったんです」って、初めて会ったばかりの私に、嬉しそうにお答えになりました。(爆)

その時、私は、涙が出そうになるほど、家族の愛や「安田家」の温かさに触れた気がしたんです。

お父さんが振り回していたものは、室蘭の地酒と室蘭のお菓子でした。わざわざ、私に届ける為に、ラジオを聴いていて、会えるかどうかも分からないのに、買って来てくださった。そして、いつも顕ちゃんたちの番組を聴いた後は、そのまま私の時間も聴いてくれてて、私が二人を見守ってくれているのが良く分かるので、どうしてもお礼が言いたかったし、くれぐれも、これからもよろしくお願いします。と、頭を下げられた。

「お父さん。私なんて、何もしていないし、ただただ二人とふざけているだけなのに」そんな私にまでこうして、息子をお願いします。と、頭を下げるお父さん。

親って,,,。本当に哀しくて、優しくて、ありがたい!!

スタジオに戻ってから、折角、頂いたものだけれども、私は、そのお酒を顕ちゃんに渡した。

「ねえ。もちろん、分かっているだろうけど、ご両親の愛をかみしめながら呑んでよ。一気にあびるように呑むんじゃないよ!!」と言ったけど、すぐにあびるように呑んでしまったらしい。

でも、それは仕様がないやあ。だって、「あびるように呑むは、お父さんの教え?なんだものね。」

....。と、これは私が感じた安田家のエピソード。

そして昨日も、大雑把に言っちゃうと昭和の時代の家族愛に包まれた静かな感動を呼ぶひとり語りでした。

あの日、地酒を呑み干した顕ちゃんは、深い両親の愛は受け止め切れてなかったかも知れないけれど、昨日の顕ちゃんは、違っていたよ。

『あの両親にこの子あり!!』と、思えたし、照れながらもカッカッカッって笑うお父さんの喜ぶ顔が浮かびました。

私はあんな風に子供を愛情いっぱいに見守り続けているかなあ...。子供にとっては、何は共あれ、あなたは私たち二人が愛し合って望まれて生まれてきたことだけは揺るがない事実ってことだけで充分なんだね。

そう、感じました。

ありがとう。安田家のみなさま。

そんな地酒の日から数年経って、縁あって、今度は、ひとり語りの中にも時々出て来た『お兄ちゃん』が、私の番組の担当ディレクターとなったのです!!また、また、安田家の温もりに触れるエピソードが次々と生まれた訳ですが...。長くなるので、(もう、ここまででも充分長い文章ですが...。)

また、機会があれば。

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