カラスはしゃべる。そして、思い出して、会いたい人がいる。


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air-g’パーソナリティーでしゃべるように書道をするカラスです。

今日は「黄金の道 Soundtracks」caravanのnew albumのリリース日です。

その事を書こうと思っていたのに、caravanが新作を発表する度に、思い出して会いたくって、会いたくってたまらなくなる人がいます。

caravanの音楽とはまるっきり違う音楽をやっていたように思うのだけれど、それでも、何故か彼女の事を思い出してしまう。

稲葉喜美子さん。

ご存知ですか?代表曲に「ゆりこ」がある、1980年代半ばから1990年代始めに活動した横浜市出身のシンガーソングライターです。

デビューしたての喜美子さんにインタビューしてから、何度かお会いして、彼女の本当の優しさに触れ大好きになった人でした。

当時は携帯も無い時代でメールなんてする術もなく。ただただ、キャンペーンやライブ後にお会いして、近況を報告するくらいでいたのだけれど、それでも、年に1度か2度はお会い出来たので、それだけで、お互い心は寄り添っていたように思っていました。

もう、何年前になるのだろう.....。

多分、20年以上前でしょう。

喜美子さんが私の手帳にご自宅の住所と番号を書いてくれて、「のりちゃん。(私を本名の則子からいつも彼女はこう読んでくれていた)いつでもここに連絡してね」って言ってくれたの。

なのに、当時の私は、特定のミュージシャンの方と親しくなったり、個人的なおつき合いって、自分には分不相応???みたいな、妙に変な感覚があって,,,,。

それと共に、喜美子さんはあまりにもお姉さんで、素敵過ぎて、私みたいなネンネには、どう、接していいのやらと言う戸惑いや怖さがあったのかも知れない。

だから、結局、連絡をせずにそのままにしていて、とうとう、その手帳は行方知れずになってしまったの。

おまけに、それを最後に喜美子さんも行方知れず....。

関係者に訊ねればいつでも分かるはずと思っていたのに、誰に訊いてもみんな知らない。と言うし...。

音楽を続けているのかも、幸せなのかも、元気なのかも、生きているのかも。私には分からない。

あんなにお姉さんと思っていた喜美子さんは、実は私とそんなに年齢が違わなかった事を、最近知りました。

今なら、私も、もっとっもっと、喜美子さんの世界を素敵に紹介できる女にちょっとだけだけど、成長できたと思うよ。

喜美子さんは、心がキレイ過ぎて、コワレやすかったから、こんな私なのに年下なのに、ずっとずっと心配してるのよ。

そして、私も、ただただ泣きたくなる日もあって、そんな時、喜美子さんに「のりちゃん。大丈夫だよ。」って言ってもらって、頭をなでてもらいたくなるんだよ。

こんなにネット社会だとか言って、情報があふれているのに、どうして、喜美子さんの事が分からないのだろう?

喜美子さんは、きっと、メールもTwitterもFacebookもせずに、お手紙を書き続けているのでしょうね?

会えたらいいなあ。

今日のBGM「稲葉喜美子」はそろそろやめにして、今、私が大好きなミュージシャンcaravanの新作を聴く事にします。

喜美子さんもcaravanの事を「あたしもこの人好きよ。いい顔してるから。人として素敵な顔してるから。」って言ってくれるかなあ?

昔、昔。私が好きだったミュージシャンの事を、そう言ってくれたように。

私、今でもラジオでしゃべってるんだよ!会いたいよ。

PS・ caravanの新作につては後日に、また,,,,。

 

 

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