もらいもの


私って日々周りにいるたくさんの方々に支えられながら生きているなってつくづく感じながらありがたい気持ちで暮らしている毎日ですが、そのことを強く感じる出来事のひとつにもらいものが多いってことがあります。今過ごしている部屋の中をざっくりみまわしただけでも、あれもこれももらいもの、そこかしこにもらいもの、そんなものまでもらいもの、といった状態です。だいたい今使っているこのパソコンがもらいもの、今着ている部屋着ももらいもの、あげくのはてにはこの部屋の壁に自分で塗った珪藻土の壁剤がもらいものです。

数年前一人暮らしをはじめた時に6畳一間の部屋にできるだけ少ない物で暮らしたかった私が当時持っていた家電はCDラジカセと電球だけでしたね。それでも普通に暮らせていたんじゃないかと思います。音楽が聴けるんだからそれなりに豊かな生活じゃあないですか。その後、買ってまでどうしても必要だった電化製品は唯一アイロンだけでした。それも生活のためではなく、その時の作品の制作に必要だったので、これは人からもらえるのを待つものでもありませんから買いました。それ以外の今うちにある電化製品は全てもらいものです。ゆきちゃんにもらった洗濯機、かなさんにもらった掃除機、れいこちゃんにもらった炊飯器、いとうくんにはミニコンポをもらいましたがこれは拾ったものだそう。その時持っていたCDラジカセは他の誰かさんにもらってもらいました。さすがにびっくりしたのは近所のおなじみのパン屋さんにパンを買いに行ったら、これでパンを焼いて食べなさいとオーブントースターをもらってしまったこと。それも拾ったものだそうでピカピカに磨いてあって問題なく使えるものでした。

そんなふうで、洗濯機と掃除機はさすがに必要になった時に、誰か使ってなくて持っている人がいたら~と募った結果いただいたものですが、それ以外は自分から望んだつもりもないけれどそういう機会が訪れていただいたものばかりです。こうしてウチの電化製品は少しずつ増えてゆき、ただでさえ豊かに始まった一人暮らしだったのに、今では自分で買わずしてこんなに数多くの夢の家電に囲まれた便利な生活をさせてもらい、本当にありがたい限りだと思います。つい最近ではとうとうホームベーカリーをもらってしまいました。焼きたてパンまで食べられるようになるなんてちょっと贅沢すぎやしないかと申し訳ないような気さえしてしまうほどです。

ちなみに、たいていの家庭にはあってウチに無い家電といえば冷蔵庫とテレビですね。テレビは欲しいならあげるよと言ってもらう機会が何度かありましたが、やっぱり必要ないなと感じてあえてお断りしていました。最近世間ではテレビ離れが進んでいるそうですが、知らず知らずのうちについ世の中流れの先を歩いてしまったのかしらと思うとニヤリとしてしまいます。冷蔵庫は、本当に小さいものならあってもいいなと思った時もあるし、あったらあったで悪くないだろうとは思っているのですが、無しで暮らせるのということもわかっている今、あえて欲しいとまでは思わないんでしょうね。

電化製品だけじゃなくその他のもらいものもまだまだいっぱいあるのですが、またの機会に小出しに語りたいと思っています。もらいものには一つ一つに物語がありますからね。

モノがあふれている世の中ですから、私がもらいものが多いことって、ただ水が高いところから低いところに流れるようにあるところからないところに流れてきているだけなんじゃないかとも感じています。もちろんそのあたりまえのことがありがたいことなんだっていう気持ちはいつも忘れないようにしていますが。

そんな、「もらいもの族」の私からみてもさらにツワモノだと感じるのが「ひろいもの族」の方々ですね。この種族の物語はこれまた興味深いですよ。もらいもの族の物語りがほのぼのエッセイだとしたらひろいもの族の物語はドラマチックな恋愛ものでしょう。これも改めてまたの機会に小出しに紹介してみたいと思っています。