塞翁が馬


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木の芽どき展 2 ゆるーい感じで始まっております。

会場に足を運んで下さった方には、私どもの心ばかりのおもてなし「雑草茶」をご用意しておりますが、POROCOを見てきましたみたいな小洒落た娘さんに「雑草茶です」と言うとややギョッとされます。なので、「要するにハーブティーです、その辺の道端の草などは入っていませんよ」というと安心して飲んでいただける。

「雑草茶」という言葉への反応ひとつとっても相手の方の心を伺い知ることができるような気がして興味深いコミュニケーションができるのも、木の芽どき展ならではです。

 

ところで話はぐっと変わりますが、茶柱が立った、鼻緒が切れた、カラスが夜中に3度鳴いた、などというふとした出来事に何らかの意味や兆しを感じることってわたしは結構大事じゃないかって思う方なのですが、今日実は、今住んでいる部屋に初めて、ゲジゲジが出ました。

この部屋にもう3年住んでいますが、ゲジゲジが出たのは初めてです。

私は虫に対してそれほど「キャ~」という方ではありませんが、ゲジゲジだけはいただけません。きっと本州に住んでいたらゴキブリとムカデも駄目だとは思いますが、

どんな生き物にも命があり、役割があってこの宇宙船地球号の仲間だよね!という気持ちをいくら持とうと思っても、ゲジゲジだけはなぜあれほどの足の数が必要なのか、なぜあのような素早い動きとどんな隙間にも入り込める平ペッタさが必要なのか、今のわたしには愛をもって理解したい気持ちに残念ながらなれそうもありません。

綿密な捕獲計画と排出ルートを確保し、何とか先ほど野外への排除を成し遂げることができてよかった。これで安心して眠れますが何だかもうグッタリです。

それにしても、嫌いなゲジゲジが出るとは、何かの兆しを暗示しているとしたら縁起が良くない、何かの警告かもしれない、と思うと身辺にスキがないか、自分の心にやましいところがないか、改めて自分自身を省みて身を引き締めていこう、という気持ちになります。

そのためにゲジゲジの大将がわざわざ私の目の前に出てきてくれたのならば、やはり私は奴さんに感謝しなければならないでしょう。

ちょうどそのゲジゲジ騒動の時に調べていた諺があります。

「塞翁が馬」

うーん、まさに。何が幸か不幸かはわからないもの。

ゲジゲジが出てグッタリしている場合ではありませんでした。

 

5月2日まで絶賛大好評開催中の木の芽どき展でまた皆様と素敵な出会いがありますことをわくわくしながら

大切に過ごしたいと思います♪