去年のはなしですが…


 本当は去年のうちにこのブログに書きたかったのですが、うっかり年を越した上にしばらく経ってしまった出来事を書こうと思います。

12月半ば、小樽北一ホールでの渡辺美里さんのライブにカラスさんと一緒に行かせてもらいました。

渡辺美里さんは昨年デビュー25周年だったそうです。私は美里さんがデビューされて2枚目のアルバムが出る頃にはその存在に出会っていました。

5つ年上の姉がすごく歌のうまい人がいるんだといって美里さんのレコードかカセットテープを聴いていたのです。ウチの姉は今も昔も人を見る目にはかなり厳しいものがありましてね。特に女性歌手については絶対的な歌唱力があって肌がきれいな人しか認めないというような姉なりの基準があったようで、その基準をクリアしていない歌手がテレビに映っていた時はブラウン管に向かって容赦ない言葉を投げかけていた姿を記憶しています。

そんな姉が認めていた歌手は当時山口百恵・松田聖子・渡辺美里の3人だけでした。アイドルブーム全盛期の時代、可愛いけれどへたっぴな歌手もたくさん出てきていた中、姉は松田聖子のザ・アイドルなビジュアルではなく常に歌唱力に注目していました。百恵ちゃんの歌唱力については言うまでもありません。

その二人に並んで、というか一番好きだったのが渡辺美里さんでした。歌がうまい上に肌もきれいなので、ジャケットが全面顔のどアップのアルバムが出た折には、そのよっぽど肌に自信がなければできない行為に唸っていました。

子供の頃の5つ年上の姉といえば、妹にとっては絶対権力者。どんなに抗おうと降参するしかない存在です。姉がいいと言ったものはいいのです。姉の意見に対する自分なりの意見などは持ってはいけない、持ちようがないのが5つ下の妹というものなのです。そんなわけで、姉が認める美里さんは私にとっては好きとか嫌いとか自覚する以前に、自動的に尊敬に値する歌手という存在として人生に組み込まれたとしかいいようがありません。これはもう選びようのない運命です。

このように(みんなそうだと思うけれど)勝手に運命的出会いをしていた美里さんと20年以上の時を経てこうしてこんな間近で生でその歌を聴くことができるなんて、どうしたって感慨深い思いがわいてきます。美里さんの初期のアルバムに入っている曲は歌詞も全て暗記していましたが、さすが10代の若かった頃の私の脳よ、最近では思い出すこともなかったような曲でもしっかりと海馬に記憶されていて口ずさめるので自分でもびっくりました。

そんな思春期の感慨に否応なく浸り口ずさむ私の左となりには美里さんとの友情をはぐくむ号泣のカラスさん。右となりにはミサトタオル持参の超コアな男性美里ファン。きっと元ラグビー部です。

それぞれがそれぞれの想いをのせて音楽と出会うのがライブ。美里さんのように長きにわたって歌い続けてくれている方の音楽との出会いによって、時間とともに想いは発酵し、音楽はより深く人々の心にしみわたってゆくような感じがしました。

 帰りの車の中、高速道路からの夜景を見ながらいいしれぬ余韻に浸るわたし。きっとちゃんと言葉で想いを伝えられる喋り手の人とかなら、こんな想いも絶妙な言葉で表現しちゃえるんだろうな、私なんかは、あたりまえだけれど、言葉にするなんて絶対無理だわ(北海道弁)と思いました。

でも、私にだからできることも必ずある、という思いも感じられたので、また美里さんの存在に勇気をもらったなあというベタな感想に落ち着きやっと少し安心したのでした。

カラスさんは号泣してお腹がすいたのでしょう、お菓子をもりもり食べていろいろ喋っていました。涙が出ると不思議と何だかとってもおなかが減りますもんね。

そんな私たちの車を美里さんを乗せたフルスモークのワゴン車が風のように追い越してゆきました。